アラン・ムーア/デイブ・ギボンズ「ウォッチメン」

なんという情報量。そしてなんとこの物語の濃密で豊かなことよ。映画「ウォッチメン」はこの原作を「ほとんどそのまんま」映画にすることに成功しているから、あれだけ面白かったのだと断言してもいいほど、カット割から台詞から街角の落書きに至るまで、全てが信じられないほど考え抜かれて作られている。血塗られたスマイリーバッチのファーストカットから、ラストのロールシャッハの日記まで、完璧という他ない。

この作品の中で、意味のないことを話す人は誰もいない。意味の無いようにみえる落書きや、本筋には関係のないエピソードも全てがウォッチメンの世界を精緻に構成する部品になっている。作中の作品であるナイトオウル1世の自伝や、ヴェイトのインタビュー(なんとヴェイトはダブ・ミュージックが好き!)など、偏執狂的とも言える膨大な資料も掲載されていて、読むのにたっぷり1週間以上かかってしまった。

巻末に掲載されたアラン・ムーアの創作メモがすごい。冒頭の1ページを説明するのに、たっぷり2ページ分以上の文字が費やされている。しかしこれだけ完璧な映像が脳内にあって、だけどそれを描くことの出来なかったアラン・ムーアはさぞかしもどかしかっただろう・・などと思うのだが、同じく巻末のノートを読む限り、デイブ・ギボンズとの共同作業を楽しんでいたような感じもあって、天才と言えども他者との共作で得るものが大きいのだなと妙な感心をしてしまった。

この邦訳本について。実に丁寧に作られている。作った人たちが「ウォッチメン」という作品を愛していることが伝わってくる。小さなコマに描かれた新聞の記事の見出しまで丁寧に日本語訳が枠外に掲載されていて、あらゆる場面に意味があることがわかる。

全てのチャプターのラストカットには、名言がおかれている。ディラン、聖書、ジョン・ケイルまで。それもたまらなくかっこいい。

真夜中、
全てのスパイが、スーパーヒーローが動き出す。
知りすぎてしまった者たちを狩り出すために・・・
Bob Dylan "Desolation Row"