『東京で何してる?』

東京で何してる?

東京で何してる?

豊田道倫初の小説集『東京で何してる?』読了。昔友人に、豊田道倫パラダイス・ガラージ)の曲を聴かせたら「ミュージシャンというより、俳優のような声だ」と言われて、ああそうかと頷いたことがあって、それ以来この声はどこかミュージシャンならざる声なんだな・・と思ってしまっている。同様に豊田道倫の歌詞も、いわゆる「歌」ならざる散文のような印象を受けるし、そのせいかどうか分からないが飽きずに10年以上ずっと聴き続けている。

そして豊田さんのWEBでの日記を愛読している身としては、その文章にも充分に「売り物」としての魅力があるのは当たり前と思っているので、小説集が出ることにはなんの驚きもなくて、むしろ遅かったくらいだなあと思っている。数年前に初出の「文藝」を立ち読みしにいったなあ。(でも買わなかった)

豊田さんの歌に時々現れる女性の一人称として「わたし」が好きだ。この小説集でも「犬」(これは一人称ではないけど)と「音楽」が女性が主人公で、二人ともとても可愛くて寂しくて、なんだか今まで聴いてきた歌たちの主人公がもっと具体的に出現したような気持ちになった。

あと、どうしようもなく本人を思わせる主人公の短編は重くて痛い。でもなんか笑ってしまうところもあって、「新宿」に出てくるスニーカーのくだりが面白い。

今履いている黒いスニーカーはイギリス製で、おれはこれを三足色違いで持っている。同じ靴を二日続けては履かない。

どうでもいいことが、どうしようもなく必要なことに思える文章。「歌手」に出てくる歌詞もすごい。

優しく、生きてゆけたら
あなたと、生きてゆけたら、
わたしは、生きてゆこう
あなたと、ずっとずっと

当たり前のことだけど、小説は音楽とは違う。どちらが優れているかという話ではなくて、どちらもそこに存在する理由のようなものを持っている。そして優れた作品は出来る限りそんな理由から離れて自由でいようとする。この小説集もそんな風に、この作品を作った「わたし」から離れていく瞬間の魔法が宿っている。