『空気人形』

水曜日。目黒シネマで『空気人形』。是枝裕和監督というのはどうにも合わないタイプの監督で、端的に面白くないというよりも、反感を持ってしまうのですが、やっぱりぺ・ドゥナを観ないわけにはいかないかと思い目黒シネマ。

これがもう、ぺ・ドゥナのみごとに凛とした裸体と、服を着ている姿と、歩く姿と、話す姿と、笑う姿と・・・つまりは全てが奇跡のように映画の中で生きていて、途中でちょっと泣いてしまうくらいよかったのです。特に「わたし、歳をとるの」と言って微笑んで、街を歩くシーン、船に乗って橋の下をくぐるシーンのあたりははもう本当に素晴らしくて、スゴいものを観ているなあという感じだったのです。なぜこの女優は「心を持ってしまったラブドールの演技」を普通に出来てしまうのかが全然分からなくて、天才という言葉が浮かんだりしました。

ただし、ラストの30分は本当に蛇足というか、映画に対する「説明」と「要点のまとめ」がいっぱいで、げんなりしてしまった。「はいここ試験に出ますよー」と教師に言われているような、観客をまったく信用しない演出。板尾さんとの説明的な会話も要らないし、オダギリジョーもいらないし、みんな人生ツライよねーと共感に寄り添ってくる感じも鬱陶しいし、タンポポをCGで飛ばすとかもう信じられない愚かな絵。

ただ、やっぱりあの、心を持った人形が世界と出会うところ、その瑞々しさは本当によかったし、ぺ・ドゥナが朗読する吉野弘の「生命は」が映像に重なる瞬間、あれは映画にしか描けない瞬間のような気がして、しばらく頭から離れないだろうと思う。

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない


吉野弘「生命は」